平日の昼時には昔のドラマの再放送がある。
ドラマ『BOSS』を見たら、豪華な俳優陣中に長谷川博己さんが端役で出ていてライフルで狙撃されていておかしかった。
見た目は長谷川博己。
でも、当時は何とも思わなかっただろうね。
調べてみると、『BOSS』のファーストシーズンは2009年の放送だった。
そして、長谷川博己さんの出世作であるNHK『セカンドバージン』は2010年だった。
だから『BOSS』では端役だったんだね。
新鮮だったが、見た目は長谷川博己だった。
不思議な感覚だ。
浜田到企画展を見てきたよ~詩人の心得に刺激を受ける
かごしま近代文学館の企画展「孤高の詩人(うたびと)浜田到」を見てきた。
知っている人も少ない歌人であり詩人である浜田到(詩を発表した時は浜田遺太郎)は、鹿児島の医師であり、東京に出ていくことは無かった。
中井英夫に評価されていたっぽい。
企画展では中井英夫からの手紙もいくつか見られた。
そういったところは、大井学さんによる評伝『浜田到ー歌と詩の生涯』を読めばいい。
個人的なことを書く。
企画展では、写真撮影は禁止だったので、ダイアログノートに書き写したりした。
それで1時間半ほど費やした。
浜田到展にそれだけの時間を費やす人も少ないのではないか。
鹿児島に住んでいた歌人なのに、今まで常設展も無かったもの。
向田邦子や林芙美子なんて、ちょっとだけしか鹿児島に住んでいなかったのに、別格の扱いだ。
向田邦子はマンションの部屋を再現したスペースまである。
それに比べて鹿児島の済生会病院で医師をして、診察の帰宅時に事故死した(労災だよね)浜田到の扱いの低いこと。
この企画展をきっかけに近代文学館で資料を管理して常設展に加えて欲しいな。
アンケートに書けばよかった。
ジャブとして、近代文学館にメールを送っておいた。
日記に詩作の心得のような箇条書きがあり、それを書き写した。
日記より「心得」
1955.7.10
- 一篇(ニ於ケル言葉ノ)柔軟強弱ノ接続二留意
- 簡潔(最短距離)
- 柔カミトウルホイ
- 分ラウトスルナ。カンジトレ!夫レガ内がわカラツカミトルトイウコトダ
- ノート(メモ)ナドニ頼ルナ。ソウスルコトニヨリ、作品ノ純粋性ガ生レル。
- タエズ(デツサン)セヨ
- かまきり(北村太郎)ノ描写性
- 言葉ガ紋切型ニナルトキヲ警戒セヨ
- 荒地作品ノNote!
ブルースリーの言葉みたいな心得もあって、おもしろい。
手書きの書き写しなので間違いがあれば指摘を(誰が指摘できる?)
最後の荒地作品云々がよく意味がわからず。
その前に北村太郎の名前もあるので、詩誌の『荒地』かと推測。
そこからの抜き書きでも浜田到は持っていたか?
荒地から刺激を受けていたか?
私は、この心得を自分にしたことで、この企画展に来て良かったと思う。
そして、こうやってブログにすることで、誰かに届くかもしれないし、届かないかも。
それでもオープンに残ることは価値があるだろう。
最も好きな歌↓
肺びょうのわれに寝覚めし妻がひとり戒律のごとく坐って居たよ
- 作者:浜田 到
- メディア: 文庫
- 作者:浜田 到
- メディア: -
キャップレスデシモをポケットに入れて
最近、パイロットの万年筆キャップレスデシモ(以下「デシモ」)をそのままポケットに入れて持ち歩くようになった。
日常的に使い倒すことができるようになってきた。
ちょっとしたメモでもデシモ使う。
ノックして、ニーモシネのメモパッドにさっとメモして戻す。
デシモは、万年筆だが、キャップレスなのでそれが可能。
ガンガン使う。
このブログの下書きも、信号待ちのスキマ時間を使ってニーモシネに書いている。
ただ、アスファルトなどに落とさないように注意だ。
ボールペンをペン先を出したまま地面に落としてダメにすることが時々ある。
万年筆もペン先を地面に落とせばノーダメージではいられない。
デシモを手にした時は、所作をゆっくりすることを心がける。
一方、ペン軸に傷が入っても気にしない。
スティーブ・ジョブズもiPhoneをカバーを付けずに使っていたのではなかったか。
傷は個性、魅力となる。
わざと乱暴に扱う必要は無いが、丁寧に扱いすぎても使い勝手が良くない。
ここでも自由でありたい。
高価なツールに使われるのではなく、マイペースで使いたいのだ。
ところでほぼ日5年手帳用に、極細EFのデシモが欲しくなった。
その物欲について、衝動買いをせず、まずはダイアログノートに書いておいた。
数日経過すると、自宅置きのほぼ日5年手帳用なのでキャップレスである必要はないと気づいた。
よって、手持ちのカクノEFでいいととりあえず結論。
何か他の万年筆がどうしても欲しくなった時に、ほぼ日5年手帳用としてEFを検討すればいいだろう。
衝動的な物欲には勝った。
ただ、デシモのマットブラックが出たら、買うと思う。
これはまあほぼ決めている。
しかし、キャップレスの新製品情報を常に追いかけているわけではないので、見逃す可能性はある。
それはそれで縁が無かったと諦める。
物欲においても、自由でありたい。
パイロット 万年筆 キャップレスデシモ FCT15SRDLF ダークブルーマイカ
- メディア: オフィス用品
アクロ500はNOLTYライツメモ小型版のペンホルダーには合わなかった~コンパクトならいいというわけではないようだ
パイロットのなめらか油性ボールペン、アクロ500が長さ的にNOLTYライツメモ小型版にぴったりじゃないかと夢想した。
文房具屋でアクロ500を見つけたので手持ちのライツメモ小型版のペンホルダーに差してみると、うーん、ペンホルダーの位置とアクロ500のクリップの位置の関係で結局頭がちょっと飛び出してしまう。
これなら、申し越し飛び出るが今差している三菱鉛筆のユニボールワンの方がいい。
また、ペンの軸が細いのでペンホルダーにぶかぶかとなり、不安定。
ペンホルダーの直径が大きいのでアクロ500では細すぎるのだ。
この点もユニボールワンの方がペンホルダーに収まりがいい。
なるほど、ペンホルダーとの関係で、細くてコンパクトなペンならいいというわけではないことがわかった。
そして、NOLTYライツメモ小型版には、やっぱりユニボールワンがベストだとあらためて認識した。
下記画像参照。
頭が少し飛び出るが、ほぼ気にならない程度。
ユニボールワンの軸の太さもペンホルダーに出し入れするのにストレスが無い程度。
ちょうどいい。
前田裕二『メモの魔力』の熱量に圧倒される
見開きでノートを使う。
貧乏性だからそれが難しい。
そこでダイアログノートを活用する。
小さいノートであれば、貧乏性の自分でも見開きで使える。
また、ダイアログノートは上下左右のページの中心点がわかるから四分割しやすい。
それも前田裕二さんの『メモの魔力』的なノートの使い方に向いている。
左ページに自己分析1000問から2問転記
右ページに抽象化→NextAction
個人的に、転用をNextAction(GTDから)に置き換えている。
本当は1ページ1問くらいがいいのだろうが、貧乏性でもダイアログノートのような小さいノート活用術で何とかやる。
「抽象化」もよくわからないので、自分の言葉で「接続」に置き換える。
ファクト→抽象化→転用
という前田裕二さんの方法を、
- ファクト→接続→NextAction
と変えて自分の武器とする。
最終的に読書で得た知識を自分のNextActionに落とし込むことで初めて武器となる。
メモ術というよりは、人生に対する姿勢としてのメモ
attitude、あるいは生き様としてのメモ
前田裕二さんの熱量に圧倒される。
圧倒的な量。
迷ったら、圧倒的な量をこなすことは一つの方法だと思う。
以下、読書メモ。
このメモをポメラDM200で作った。
はてな下書きブログと別途OneNoteにも送ってあり、そちらで何度でも読み返す。
読み返して自分にインストールすることで武器にする。
そもそも本書を二度読み返した。
読書メモ
就職活動のときは、自己分析を深めるために内省メモを続け、自己流で作っていた「自己分析ノート」は、最終的には30冊を超えました。p5
→圧倒的な量が前田裕二さんの特徴。自己分析なんか意味がないとしらけている奴が一番使えない人材だったりする。
メモをとると、あらゆる日常の出来事を片っ端からアイデアに転換できる。p6
→メモによる「知識移転」(『RANGE』)
「より本質的なことに少しでも多くの時間を割くため」に狂ったようにメモをとる p22
→エッセンシャル思考
熱意を伝えたいのなら、紙がベストです。p31
→若い時の藤田晋さんがイメージをその場で伝えるためにマルマンのスケッチブックを使っていた気がする。
果たして、何がすごくて、やばいのか。ここを一歩二歩、踏み込んで考えるのが本質的なメモのあり方p35
→先日、マツコの知らない世界を見ていて森山直太朗さんが女性歌手の声について、一歩も二歩も踏み込んで考えた結果の言葉の力を感じた。あれくらい言語化しないといけない。
ノートは見開きで使う p39
右ページを空けておく
左ページ:ファクト
右ページ:抽象化→転用
自分が世界を抽出した気づきから、きちんとアクションに「転用」することを通じて、自分の日々が、人生が、変わっていきます。p46
「ファクト→抽象化→転用」p46
→転用をNextActionと理解している
メモの本質は「振り返り」にあります。p70
→ノートを読み返すことが重要
→手帳やノートは書くものであり、読むものでもある。
「抽象化」こそが僕のメモ術の根幹 p72
細谷功『具体と抽象』p87
抽象化とは「具体的な事象の本質を考える」こと p90
→ちょうど読み返していた楠木建さんの『ストーリーとしての競争戦略』でも、
具体的な事象をいったん抽象化することによって、初めて汎用的な知識ベースとなります。
という言葉があって接続した。
「自分の内にある熱が伝染するような「生きた言葉」」p96
では、どうすれば周囲を巻き込めるのか。それが、「言語」であり、ロジックです。p97
「良質な非常識」南場智子 p101
「自分を一歩引いて客観視する癖」p110
世阿弥 能楽論書「花鏡」 「我見」と「離見」
→非人情(夏目漱石『草枕』)
「就活の「自己分析」をバカにせずにやり切ることで見えてくるものは、必ずあるのです。」p117
→自己分析や就職活動を馬鹿にする奴は、何をやっても駄目だ。
人生を振り返っても、やりたいことが見つからないんだ、という人は、過去に目を向けるのではなく、逆に、一つでも多くの新しい経験を通じて、新たな選択肢に触れることが重要です。p125
→経験の「幅」が重要という意味で今読んでいる『RANGE』に接続する。私の方法はまったく別の読書の「接続」にある。
大切なことは、そういった「形式」よりも、自己分析に対する気持ちの強さ、エネルギーの量です。p127
「強く途切れない熱量」
「ブレない人生の軸」 p134
「ちょうどいいバランスのアンカー」
「揺るぎないコンパス」
を自己分析によって見つける
→前田裕二さんは、この自己分析も狂気に近い量でやっている
「転用」が大切 p141
「じゃあ今この瞬間、それに向けて具体的に何をするの?」
→NextAction思考(GTD)
言霊の力 p148
→狗巻棘(呪術廻戦)
言葉によって誰かの意識が変わり、それが何らかの形で自分にポジティブに跳ね返ってくる
「自分の言葉が誰かの潜在意識に大きな影響を与える可能性」p150
「なるべくポジティブで愛情を込めた言葉を発する」
→Twitterでも使う言葉に注意
「ただぼんやりと思うのではなく、逃げずに言語化する。」p152
→ノートは、今、小さいノート活用術でダイアログノートを使っている。
「とるべき行動の細分化」p159
→NextAction、GTDに接続する考え方
「ここまで考えてみても、やりたいことが本当に見つからない自分」p161
「一つでも多くの事象・経験に触れ、一人でも多くの人と会って話を聞く」
「メモは、「創造の機会損失」を減らすツールです。」p183
「メモをとり続ける姿勢」を保つこと
→人生に対するattitudeとしてのメモ
メモは呪文に似ている p187
「一つの行動様式として」
「とにかく呪文を唱えるように、メモをとりまくる。」
「やはりここでも、物量がものを言うのです。」
「人生は「時間をどう使ったか」の結果でしかありません。」p194
「自分の人生の勝算につながる選択をすべき」
「選択の前提となる人生の軸を自己分析によって得ていることは、大変な強みになります。」
「圧倒的な熱量」p195
「熱は、言語を通じても伝導します。」p196
検索も弱いのに、なぜ手書きでノートに書くのか
なぜ検索が弱いアナログノートにわざわざ手書きで書くのか?
自分の頭ん中にインストールした知識じゃないと武器にならない。
本当には使えない。
そのためには、手書きで思考として書くことが有効だと思っている。
前田裕二さんの『メモの魔力』から得たツール、
ファクト→抽象化→転用
これを自分なりに、
ファクト→接続→NextAction
と変換し、武器化した。
その作業をノートでやるのだ。
前田さんの方法を使って、左ページにファクトを書いて、右ページに接続→NextActionを書く。
接続は自分のキーワードで、異なる知識を結びつけること。
NextActionは、GTDからのもので常に「次の物理的なアクション」を意識している。
読書などで学んだ知識は、自分の手持ちの武器と接続して、NextActionに落とし込むことで武器になる。
それをノートで実践している。
だから、手書きがいい。
なぜ手書きなのか、という理屈はちょっと弱いかな。
このことはこれからも継続して考える。