自己への配慮としてのツイート

俺は地方都市のベッドルームライターだ。
フーコーのhupomnemataという概念が刺激的で、それについて書かれた英語の論文を少しずつ読みながら、考えている*1
自分が回路に浮かんだことをすぐにツイートするのは、他人にアドバイスすることが目的ではなく、the care of the selfのためである。
自分にとって、メモ(hupomnemata)したりツイートするのは、見たり聞いたり考えたりしたことを自分の血肉にする(into tissue and blood)プロセスなのだ。
なので、ヒュポムネーマタは他人が従うべきモラルではない。
それはエチカに属する記述なのだ。
よって、ツイートに関するリアクションは材料になる。
リツイートされることは、目的ではない。
後からツイートを消すこともある。
自己のためのメモがツイートのベースだ。
tweet for the self.
この前、ボールペンの試し書きで「hupomnemata」と書いてみた。
誰か気づくかな。

*1:Self Writing as an Art of Life