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楠木建『好きなようにしてください』を読みながら考えている

思索

自分の仕事の質は、他人が評価してくれるので自分でやる必要はない。思い悩む必要もない。とにかくガンガン書けばいい。
というのが『好きなようにしてください』の楠木建さんから学んだこと。
で、単行本なので、片手で開いて、両手でタッチタイピングはできない。本を開いて押さえるグッズもあるが、決定打に欠けて未だに買っていない。そこで片手で本を開いて、片手でノートに書いている。その方がいい。ノートは1994年のA5版の手帳を使っている。当時、使わなかった手帳にぎっしり言葉を詰めて書いている。言葉や貼り込みがぎっしり詰まったノートはアートっぽくなる。それを自分なりにやっている。
そのノートに、楠木建さんの言葉を片手で見ながら、自分なりに変化をつけて書いている。引用はおもしろくない。自分の変化を加えることで、真に自分のものとなり、その言葉を使えるようになる。それが読書によるインストール。ただ読み通すより、手書きで言葉を書いた方がインストールされやすいだろう。

「具体と抽象の往復運動」という言葉もクリップした。それを脳内でしつこくやること。すぐに選ぼうとしないこと。たとえば仕事でも徹底的に現実と理論を往復して考える。決断は、期限ぎりぎりまでしない。それは、元ニューヨーク市長のジュリアーニの言葉に学んだ。往復運動している際には検索しないこと。インターネットを使わないこと。自分の頭だけで考えること。最後は直観で選ぶ。私たちは、日常的に、呼吸をするように無数の判断を直観でしている。もっと自分の生きてきた経験に基づく直観を信用していい。読書もその直観のベースとなる。

ごまかさずに問題に向き合え、取り組め、考えろ、というのが楠木さんの基本だと思った。
真田丸』で毛利勝永が言った「考えろ、どうすれば勝てるか、考えるんだ」という台詞がある。自分の中では一番ぐっと来た台詞だ。
今の自分のポジションは、とにかく考えることが重要だ。思考の厚みが、打合せなどで圧倒的な力となる。その厚みで、自分より立場が上の上司やボスと対等にコミュニケーションできるようになる。考えるのが仕事なので、残業は少ない。帰宅後でもこうやって考えている。
割と「好きなようにしている」と思う。それで、一人のボスに「正直でおもしろい」と言われたが、それは暗に「少しは立場をわきまえて自重しろ」と言われたのかもしれない。しかし、私に「お茶コミ」は通用しない。「お茶コミ」というのは「お茶漬けコミュニケーション」の略だ。お茶漬けを出されたら帰らないといけない京都のコミュニケーションはあえて無視する。それをやってきた。まあ、それでも最近は沈黙を意識的に守ることも増えた。思ったことをそのまま口に出しても許されるのは35歳ぐらいまでではないか。基本は口を閉ざし、これだけは言わなければいけない、というエッセンシャル思考で一撃必殺の言葉を発することを狙うのが厄年を過ぎた中年男子のとるべき姿勢ではないか。

楠木さんの本はまだまだ途中だ。これくらい考える契機となるのだから、良い本だと思う。