僕には無宗教の信仰がある

僕には無宗教の信仰がある。
その信仰をもとに何か大きな力に祈ることはよくある。
中学時代、軟式庭球(決してソフトテニスではない!)の大会で鹿児島にて試合をした際には、桜島に祈りながらサーブを打った。
もし僕が教会で祈るとしたら、それは特定の宗教に対してではなく、その場がすばらしいから祈るのだ。
信仰はあるので無神論とは違う。
ある種の「神」を信仰しているからだ。
存在を信じているという言い方は正しくない。
「神」は存在非存在を超えた何かとして僕は信仰しているわけで存在するかどうかは問題ではない。

というわけで、僕には全ての宗教の勧誘は無効となる。