新型コロナウイルスに関連して「納得と理解」というキーワードで色々考えながら、Twitterに連投している時に、ちょうどカント「啓蒙とは何かーー「啓蒙とは何か」という問いに答える」を再読して、冒頭部分で接続した。
啓蒙とは何か。それは人間が、みずから招いた未成年の状態から抜け出ることだ。未成年の状態とは、他人の指示を仰がなければ自分の理性を使うことができないということである。人間が未成年の状態にあるのは、理性がないからではなく、他人の指示を仰がないと、自分の理性を使う決意も勇気ももてないからなのだ。だから人間はみずからの責任において、未成年の状態にとどまっていることになる。こうして啓蒙の標語とでもいうものがあるとすれば、それは「知る勇気をもて」(サペーレ・アウデ)だ。すなわち「自分の理性を使う勇気をもて」ということだ。
(『永遠平和のために/啓蒙とは何か 他3編』光文社古典新訳文庫 p10)
TwitterでPCR検査を求めて騒いでいる人たちは、納得を求めている。
その姿勢は、まさに未成年の状態である。
PCR検査をしてもらわなければ自分の理性を使うことができないでいるのだ。
風邪症状のみでPCR検査しない理屈については、感染症の専門家たちがありとあらゆる場面で説明している。
もちろんTwitterでも説明されている。
ところが納得を求める人たちは、それらの説明を理解しようとしない。
なぜなら納得できないからだ。
そこが間違っている。
やみくもなPCR検査が不要というのは、納得できるかどうかの問題ではなく、理性でもって理解すべき問題なのだ。
ここでワイドショーが、納得を求める人たちをエサにしている。
ワイドショーは、正しい知識の理解ではなく、視聴者の納得のために作られているのだ。
また、納得を求める人たちは未成年の状態であるため、自ら学ばずに誰かが答えをくれることを期待して鯉のように口をパクパクさせている。
そして、納得できる答えが得られないと「結局欲しい答えは誰もSNSでは答えてくれない」と憤る。
なんだろう、この圧倒的幼稚さは。
健康人のマスク使用も、自分を納得するためにやっているのだろう。
信頼できる専門家が、マスクの適正使用を何度も説明してもそれを理解しようとしない。
Twitterは、未成年の状態を相互に維持するのが容易なフィールドだ。
未成年の状態の仲間は容易にみつかり、互いに接続する。
そして、いつまで経っても自分の理性を使う決意も勇気ももてない。
それはどうやら学歴や職業は関係ない。
東京大学卒で元東京大学特任教授の医者もPCR検査について、専門家からだめ出しを受けているし、新型コロナウイルスに効果がある薬がわかってきたとツイートする元経済産業省官僚もいる。
ひどいものだ。
熊本の重症看護師さんのような個別の事例を見ると、納得できないのはわかる。
しかし、それをPCR検査しろ、と接続するのは明確に間違っている。
そこがどうしても理解できないのだ。
なぜなら納得いかないからである。
そういう人たちにいくら説明しても、どうも言葉が届かない。
それでも粘り強く啓蒙を続ける専門家の人たちには脱帽してしまう。
この先「啓蒙とは何か」を読み進めて、カントはどのように書いているだろうか。
Twitterや新型コロナウイルスの状況を考えながら読むと、理解がより進む気がした。
永遠平和のために/啓蒙とは何か 他3編 (光文社古典新訳文庫)
- 作者:カント
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 2006/09/07
- メディア: 文庫