子どもが熱を出して、咳も出る。
そんな時に自分が感じる感情は怒りだ。
神、それが大げさなら、自然に対する怒りだ。
運命に対する宣戦布告と言ってもいい。
ギリシャ神話みたいな感じだ。
日本的ではないかもしれない。
そして、その怒りは周囲を萎縮させるかもしれない。
それは他の家族が日本人だからだ。
ギリシャ神話のゼウスやヘラを見ていれば、その程度の感情爆発は大したことではないのだけれど。
日本においては、ギリシャ的な感情は否定されがち。
なぜだろう?
キリスト教道徳の国でもないのに。
やっぱり武士が悪いのではないか。
源氏物語辺りは、日本もギリシャ的だった。
それは脱線。
長女が発熱して、咳が酷い。
会社を休んだが、一日中子どもの咳を聞いていると、心がじりじり削られていく。
そして、怒りの感情が湧き上がる。
もちろん長女に対する怒りではない。
病気や自然、運命に対する怒りなのだ。
そうした感情は表に出さないことが推奨される。
それが日本社会だ。
それにも腹が立つ。
知っちゃこっちゃない。
自分は戦ってしまうよ。
自然に怒っても仕方ない?
そんな当たり前の説教に耳を傾けなくていい。
怒れよ。
その怒りを表現しすぎると、家族など周囲を萎縮させてしまうだろう。
そこは注意。
内側へ折り畳む怒り。
それは怒りという感情を否定することではない。