【修正及び追記】ゴビノーについて~仲正昌樹『悪の全体主義』

仲正昌樹さん(以下、仲正)の『悪の全体主義』を読んで、すぐ福田和也さん(以下、福田)の『奇妙な廃墟』を読み返した。
ゴビノーについて、確認したかったからだ。
前書で仲正はゴビノーに簡単に触れている。

 こうした状況に対応するかのように、フランスの外交官で作家でもあったアルチュール・ド・ゴビノーは、『人種不平等論』(1853-55)を著し、黒・白・黄の三人種間の差異は自然が設けた障壁であり、混血によってその障壁が破られることで文明が退化すると主張しました。無論、ゴビノーは最も優秀なのは白人である、ということを大前提としています。Kindle,No.755

後書では、福田がゴビノーについて詳しく書いている。
福田の記述の方が圧倒的だ。
もちろん、すべての対象に専門的であることは不可能なので、ある程度一般的な解釈で済ませるのは仕方ないかもしれない。

福田によれば悪名高きゴビノーの『人種不平等論』は実際にはほとんど読まれていないとのことだ。
仲正が読んだかどうかは、不明だが、そのゴビノーの紋切り型な評価からすると読んでいない感じを受ける。
ゴビノーは「各人種間の価値の上下や、なかんずく白人種やアーリア人種の優越といった価値判断は全くおこなっていない」(ちくま学術文庫,p075)のだ。
一方、仲正は先に引用した箇所で「無論、ゴビノーは最も優秀なのは白人である、ということを大前提としています」と断言している。

また、チェンバレンとゴビノーの関係についても、福田と仲正で大きく違いがある。
仲正によると、チェンバレンは、

楽家ワーグナーの娘婿で、ワーグナーゲルマン神話に基づく世界観とゴビノーの人種不平等論の影響を強く受けています。No.846

と書かれている。
しかし、福田によれば、チェンバレンは「ゴビノーのことを嫌っていた」(p081)。とのことであり、「ゴビノーの弟子」と呼ばれていることは誤解だとしている。

どっちが正しいんだろうね。
もちろん、どっちも正しいとか、どっちも間違っていることもあり得る。
手っ取り早いのは『人種不平等論』を読んでみることだろう。
しかし、『人種不平等論』は手っ取り早く読める本ではない。
日本語訳が存在せず、自分にはフランス語の能力が無いからだ。
そこで、自分自身での検証は諦めるにしても、上の書き方からすると、仲正は福田を読んでいないのだろうか。
アカデミックな論文ではないためスルーしているのだろうか。

しかし、日本語で読むことができるゴビノー論としては、アカデミックな論文に福田の論よりすぐれているものがあるとは思えない。
そもそも『悪の全体主義』を通して読めば、ゴビノーの名前を無理に出す必要はなく、ゴビノーに関する記述をすべて削ってもほとんど問題が無いのであり、ゴビノーについて一般的な常識に基づいて記述したのは、甘かったのではないだろうか。
チェンバレンとゴビノーの関係についても、一般に流布している誤解をそのままインプットしている気がする。

もちろん、この批判は些末なものであり、そんな些細な点をスルーすれば『悪の全体主義』はおもしろい本だった。
福田の圧倒的な文章力に負けない仲正の文章に引き込まれて一気に読了した。
読書力が落ちている44歳の自分としては、最近、めずらしい勢いがある読書体験になった。
最近、映画『ジョーカー』を見たこともあって、「悪」について考えるヒントになったり、ここからハンナ・アーレントの本に進むと理解がしやすいだろうと思った。
まあ、まずはゴビノーについての章を再読し始めた『奇妙な廃墟』を終わらせてから、アーレントかな。
読書の秋に読むべき本は多く、Twitterとかやっている暇はない。

ちなみに、Amazonで「essai sur l'inégalité des races humaines」を検索してみると、ペーパーバック版を4,571円で買うことができそうだ。
それを購入して、フランス語をGoogle翻訳に突っ込めば、少しずつ読むことができるかもしれないと、思っている。
めんどくさいな。

追記2019/11/02

仲正昌樹さんご本人からコメントをいただき、
1.『人種不平等論』は読んだうえで書いている
2.結論のところで、以下のように述べられている→「Les deux variétés inférieures de notre espèce, la race noire, la race jaune, sont le fond grossier, le coton et la laine」
3.その他、露骨ではないが、白人種が最も活力があることを示唆する発言は他にもある
4.チェンバレンはゴビノーを嫌っていたかもしれないが影響を受けたことは思想史的には「常識的な理解」である
という指摘をふまえ、元のブログを見え消しで修正しました。
私の方が、甘かった。