引用から始まる。
ディーンは吠え、叫び、ファックし、サルはあくまで受身のまま出来事と刺激のすべてに対して分け隔てなく心を開く。サルの役目は圧倒されることだ。すべてを驚きと哀しみと涎をもって受けとめること。(佐藤良明「『オン・ザ・ロード』は何故こんなに特別なのだろう?」)
路上あるいはオン・ザ・ロード。ジャック・ケルアックの小説。魂の本。いわゆるプロットとか物語の展開とかどうでもいい本。佐藤良明さんの論が彼に最も影響を与えた。上記引用をノートに書いたのは、恋愛状況下だった。そのノートには小さな文字がびっしり詰まっている。そしてカラフル。マンガは安野モヨコさんの『ジェリーインザメリィゴーラウンド』などを読んでいた。
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常盤響さんの、女の子とは精神的なものの共有は不要、エロで接点があればよし、という力強い宣言?も引用している。
そういう時期だった。
自意識過剰を突き抜けた先の自由な感覚、文学的なトリップ。そういうスタイルでいればモテる。イケメンではない男子の無意識的な戦略。いや、そうとしかできない情熱があった。若気の至りとも言える。
パッシヴでありつづけるところに生じるパッション(佐藤良明「『オン・ザ・ロード』は何故こんなに特別なのだろう?」)
彼は、実際『路上』の内容なんてほとんど覚えていない。とんでいる。何度も読んだはずなのに。
ディーンは懸命にパンと恋を求めて、社会の中を疾駆していた。パンと恋どちらであろうと彼は一向にかまわなかった。(『路上』)
パンと恋、つまり食欲と性欲。ディーンの情動はユクスキュルのダニのように少ない。シンプル。何の衒いも無く、自己の欲望を見つめ、明確にして、それに従うこと。前のめりだけに注意して(ビッケ)。
冒頭の引用のようにpassiveであることから生じるpassionについて彼は、浅田彰さんのフランシス・ベーコン論も参照している。
F・Bは、自分は画家というより媒体だ、出来事と偶然の媒体だと言う。
また、自分は才能があるのではなく受容性があるのだ、エネルギーに対する極度の受容性があるのだと言う。
フォルムのヴェール、意味のヴェールをかなぐり捨て、ほとんど霊媒のように裸になって、傷つきやすい神経組織の全域を生成と偶然の嵐にさらすF・B。(浅田彰『ヘルメスの音楽』)
ちんけな自分を蹴り出して、さらけ出す。セックスする時に裸になるのは、マッチョでもがっしりでもない貧弱な自分の肉体をさらけ出す行為。それをあっけらかんとできるくらいの方が、たぶんモテる。イケメンであるかどうかは、その際、重要ではない。リアルな世界とドラマはやはり論理が違う。
「好きなら好きと言えばいい」(後輩の詩より)し、舐めて欲しければ舐めてくださいとフラットに言えばいいのである。そこにある種の愛嬌が生じる。一般的な物言いとは違って自分は「女は度胸、男は愛嬌」だと思っている。イメージとしては、リリー・フランキーさん。
以上の様々な引用や思想に音楽も絡んでくる。たとえば彼が当時よく聴いていたのはDJ Shadow。
そういう様々な要素を自分の中にインストールしながら疾走していた。しかし、ほとんどキャンパス内をぐるぐる回っていただけだが。そうやってたとえその場にいる時でも速くある(ドゥルーズ+ガタリ『千のプラトー』より)ことで自分の自意識をとばしていたんだよ、リリィ(from ミッシェル・ガン・エレファント)。
口説くのではなく、魂を率直に語ることだ。人生は神聖で、あらゆる瞬間は貴重なのだから。(『路上』)
というわけで、率直に「セックスしたい」と語ってもうエロしかなかった。彼には、その記憶と記録しかない。ほとんどサル、あるいはピンクパンサーだった。「勃起したっていいじゃないか」(宮台真司『世紀末の作法』)。
何しろノストラダムスの月(1999年7月)は何事も無く過ぎ去ってしまったのだから。
それを彼は忠実に実践していた。
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