お盆休み明け(連休明け)は今・ここをすぐに言語化しないこと

お盆休みのような長期休暇、連休明けについての自分なりのコツについては今までも色々書いています↓
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今回、連休明けには言語化しないこと、というコツを加えました。
これはベルクソン大森荘蔵を読んでいる中で考えたことです。
哲学の専門的には誤りがあるのかもしれませんが、自分なりにベルクソン大森荘蔵の並行読書からインストールしたものです。
ベルクソンによると過去は自動的に保存される。
しかし、人間の意識は生活への注意によって、必要な記憶のみ表面化するようにシステム化されている。
その中で、大森荘蔵のよれば、想起によって過去は言語化されることで経験されることになる(過去は過去形の経験)。
つまり、言語化しなければ過去は経験とならないのではないか?
具体的に、連休明けの朝に焦点を当てると、今、仕事に行く準備をしながら、その場で言語化するから「辛い」「嫌だ」といった経験となってしまう。
そこで言語化せずに今・ここをそのまま体験することに集中すればいいのではないかと考えた。
それは簡単ではないのかもしれない。
特にすぐ今・ここを言語化してしまう習慣があり、すぐTwitterにツイートしてしまうような場合、体験したその場ですぐ言語化するのが当たり前の習慣となってしまっているのではないか。
しかし、試してみる価値はありそうだ。
人生はすべて実験である。
それがアート・オブ・ライフということだと思う。
また、今・ここをすぐに言語化しない試みは、連休明けのみならず、すべての人生において有用な気もしている。
具体的には、脊髄反射ですぐに言語化してしまうTwitterから距離を置くべきかもしれない。

追記2020年8月19日

言語化せずに生きることが「今を生きる」ということではないか。

大森荘蔵セレクション (平凡社ライブラリー)

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  • 作者:大森荘蔵
  • 発売日: 2011/11/10
  • メディア: ハードカバー