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集中ではなく、拡散が何かを成し遂げたことがあるだろうか?

writing

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私はどちらかと言うと集中するより拡散する性質のようだ。

拡散するのは集める情報が広すぎるからかも。情報を意識的に制限することで関心の対象を少なくして集中できるようにするのもいいのではないか。SNSに手を出さないとか。スマホを窓から投げ捨てよ。

エッセンシャル思考も集中を志向しているようだ。

リヴァイも女型の巨人に対して、エレンを助ける一点に目的を絞った。それで成功した。ミカサは目的以外に手を出そうとして死にかけた(リヴァイに救われたが)。

3時間書く、というブログを読んだ。ポイントは3時間続けることのようだ。
そう言えば4-hours writingもさっぱり実践できていない。再開しよう。
今のフルタイムの仕事では一日4時間、連続で書き続けるのは難しい。スキマ時間を活用してトータルで4時間書くこと。
まずはそこから。
その場合に、集中力の無さ、というか、拡散が問題になる。
拡散した場合に、書くこと以外のことをやるかどうか。
スマホ、読書、インターネット、録画を見る、エトセトラ。
チャンドラー=村上春樹さんは、書くこと以外はしない方がいいという見解だった。ぎりぎり読書ぐらいはいいのではないか。
しかし、ニーチェが読書は他人の頭で考えることだ、と言っていた気がする。やっぱり書くこと以外は禁止した方がいいのか。書くことができない拡散した時間も、その拡散に身を浸してひたすら耐えることが書くことに繋がるのかもしれない。それが考える、ということなのかも。

そもそも何かを成し遂げるとはどういうことなのか?村上春樹さんだったら、小説を書き上げて出版することだろう。しかし、本にならなくても小説を書くことはできる。たとえ日の目を見ない作業であっても、それは何かを成し遂げたことになるのではないか。そうであれば集中せずに拡散しても、たとえばこのブログが記事になってわずかな人にでも読まれればそれでいいかもしれない。マネタイズはまた別の問題。

拡散は拡散として自分のスタイルとしてやってみようと思う。もう不惑の年でもあるし。