熊本地震については、まだ書けない。そこで下書きにある程度書いていたことを↓。
別途、fmjの方にはLINEについて書いた。4/26公開予定。
仕事をしていて、勝手に解決する問題は意外と多い、と感じている。そんな問題は放置しておけばいい。下手に手を突っ込むと問題をかき混ぜてしまい、かえって問題化してしまうこともある。
放置するには、問題を問題のまま抱えておく度量が必要となる。問題のまま放置する、というのは気持ち悪いため、ついつい手を付けたくなる。そこをぐっとこらえて手を付けない。
問題を放置できる力はマッチョだ。
最近再読している『エッセンシャル思考』が問題を放置するのに機能する。エッセンシャル思考を身に付けた人は、発生した問題を手当たり次第に取り組んだりしない。やるべき問題とやらなくてもいい問題を熟慮して区別する。そして、後者は放置するのだ。
他にも『道は開ける』の次の箇所は、長くなるがぜひ引用したい。
たとえば、もし火曜日になにか直面すべき問題を抱えているとしたら、私はその火曜日が来るまで決断をしようとすら思わない。それまでは、問題を取り巻く事実を確認することに、全神経を傾けるよ。不安になることなど何もない。問題のせいで思い悩んだりすることもなければ、不眠症になったりもしない。ただシンプルに、事実の収集にのみ集中する。そうすると、火曜日がやって来るころには、事実の把握もすっかり終わり、問題は自ら解決されてしまっているものなんだ」824
この感覚はわかる。仕事で悩むことはない。事実をフラットに見ること。考えることは自分の頭に任せる。自動機械のように勝手に解決してくれる。あるいは問題が勝手に解決することも多い。
私は以前からウィリアム・バロウズの思考機械を考えている。
何か飛び込みで問題らしき案件が飛び込んできた時に、ついその場で判断して回答して解決したくなってしまう。それが危ない。最初はとにかくその問題らしき案件の情報を集めることに集中した方がいい。判断はできる限り先延ばしすること。
真の問題と問題らしき案件を区別しなければならない。前者をイシューと呼んでもよさそうだ。これは『イシューからはじめよ』を想定している。ほとんどの問題は、解決する必要が無いか、解決できない「問題らしき案件」なのだ。本質的な問題じゃない問題に手を突っ込んで事態を複雑化させないように注意しないといけない。
「ニーバーの祈り」という言葉がある。
神よ
変えることのできるものについて、
それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
変えることのできないものについては、
それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。
そして、
変えることのできるものと、変えることのできないものとを、
識別する知恵を与えたまえ。
それをパラフレーズすると以下のようになるだろう。
本当の問題について、それを解決できるだけの勇気を私に与えたまえ。
本当の問題じゃないものについては、
それを放置するだけの冷静さを与えたまえ。
そして、
本当の問題と、本当の問題じゃないものとを、
識別する知恵を与えたまえ。
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