好奇心原理主義~『9プリンシプルズ』を読んだよ

An insight, an idea with Joichi Ito: Joichi Ito, Rana Foroohar

伊藤穣一とジェフ・ハウによる刺激的な本『9プリンシプルズ』を読んだよ。翻訳は、山形浩生とくれば、間違いない。

IS によるテロリズムも、インターネットによる「創発」なのだろうと思った。ダークサイドは常にある。「アラブの春」で期待された創発的民主主義の失敗を踏まえ、その失敗を活かして具体的な行動に移る伊藤穣一たちは、プラグマティズムが浸透していると感じた。一方、比べて日本の左翼及び知識人たちは見劣りするんだよなあ。未だに、効果が低いデモなどにこだわる自己満足ぶりは見ていて醜悪だ。あれでは広い支持を得られない。
こういった失敗に学ぶことができないのは、日本の知識人たちを筆頭に組織にも特徴的に見られる。だから、野中郁次郎さんの仕事は重要な気がする。まず、失敗を失敗と認めること、そこから始めないといけない。子どもかよ。

創発イノベーション文化というのは、大学が真っ先に保持しなければいけないものだが、日本の大学にそれを感じにくいところがある。
最近、KPI が流行りのようだが、それに対して次の一文は示唆的だ。

古いアプローチは根深いものだ。たとえば多くの非営利団体は数値指標をとても重視する。数値指標は、自分がずばり何をしたいかわかっていれば、進捗を計測するのに重要だ。でもそれはイノベーションを押し殺しかねない。資金の大半を補助金に頼っている組織は、漸進主義から離れられなくなるかもしれない。もし補助金申請のすべてが、やろうとする研究だけでなくその成果計測まで説明していたら、かれらは予想外の道を探究したり、おもしろいまちがいを推し進めたりすることはできなくなる。p197

計画的なイノベーションという矛盾。 平和維持軍、教育困難大学、清純派AV女優、朝鮮民主主義人民共和国のようなおかしさがある。

レジリエンス

原理の8番目「強さより回復力」というのは、最近流行りのレジリエンスという言葉を思い起こさせる。そもそも「回復力」の元の英語は何だろう?もしかしたらレジリエンス resilience かもしれない。
そして、僕が思い出すイメージは、浅田彰さんが説明したニーチェの「超人」だ。そこで超人は決してマッチョではない。ものすごく弱い。ありとあらゆる攻撃を一身に受けて、傷ついて倒れてしまう。しかし、やおら立ち上がり、その敗北など忘れてしまったかのように、すたすたと歩いて立ち去るような人、それが「超人」のイメージだ。まさしく「強さより回復力」である。忘却力と言ってもいいだろう。打たれ強さがレジリエンスなのである。

情報システムにおいても、鉄壁のディフェンスは不可能だ。セキュリティは必ず破られるという前提で考えないといけない。ところが、それは無謬主義の官僚が最も苦手とする姿勢だ。間違い、失敗はあってはいけないのである。現代日本の官僚は、インパール作戦から何も学んではいない。

モノよりシステム

MITメディアラボにて、エド・ボイデンのグループは脳を名詞というよりは動詞として扱う。脳は独立した器官というより、むしろ重なりあうシステムの焦点として扱う。これは、リゾーム、ネットワーク、網の目、ハブといった言葉を連想させるし、今、NHK で放送されている『人体』という番組のコンセプトは、人体はネットワークということだろう。
しかし、橋本マナミさんの体をスキャンするというアイデアは、倒錯したエロを感じて、すばらしかった。オファーした人も偉いし、仕事を受けた本人や事務所も、よくわかっていると思った。脱線。

意識は究極の創発例だ。それはヒトが息を吸う毎秒ごとに脳を行き来する、無数の化学信号から生じているというのが、わかっているせいぜいのところだ。p270

心も人体のネットワーク、メッセージ物質の無数のやりとりの中から生み出される状態なのだろう。そうであれば、「治水」のようにある程度、心の流れをコントロールすることも可能だろう。鶴見済さんの『人格改造マニュアル』という本がそういったコンセプトだったと思う。

結論

アルファ碁が囲碁のおもしろさを減らすどころか、新たな創造性とエネルギーを注入したように、将棋の世界でも、ポナンザが新たなおもしろさを将棋にもたらしている。そして、藤井聡太四段をはじめ、注目されるのはあくまで人間だ。ポナンザの開発者の人は、そこを理解していない気がする。いくら棋士より強くなっても、それで?というだけなのだ。F1 がウサイン・ボルトより速いという人がいるだろうか?

「回復力、アジャイル性、教育上の失敗を核とした組織を作ることがわれわれの目標だ。」p303 という言葉がおもしろい。自分も、そういった組織を作ることに貢献したい。失敗を前提として、それをおもしろがり、活かす組織。日本の大学がそういった組織へと変貌する可能性はゼロだろうか。

訳者あとがき

例によって、山形浩生による訳者あとがきを読むのが最も手っ取り早い。「一言でそれは、おもしろがる能力を持て、ということでもある。」p328 という言葉が好奇心ということで、本書をまとめていると思う。
自分が今携わっている仕事を嫌々やるか、嫌な仕事相手もおもしろがりながらやるか、という姿勢の違いでまったく違ってくる。どんな状況にあっても、好奇心によっておもしろくすることができるのである。そういうポジティブさを本書からは得ることができる。好奇心原理主義のすすめ。

9プリンシプルズ:加速する未来で勝ち残るために

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人格改造マニュアル

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