めんどくさいけれど、子どもの勉強に介入するしかない状況

長男が英語で「赤点」をとった。
中学3年生だから危機的な状況である。
中学2年生でも赤点をとった。
でも、永野裕之さんも言うように、勉強は本人に任せるしかない、と思って任せていた。
だから、つまり事態は改善しなかった、ということだ。
ここにいたっては介入するしかない。

本当は今、仕事が忙しくて、そんなことやっている場合じゃないのだよ。
しかし、中途覚醒からの不眠を利用して、色んなアイデアを思いつく。
それをGoogle Keepにメモして実践する。
KeepからGoogleドキュメントにコピーして印刷して本人に渡そう。

まずは赤点をとったテストの答案を確認して、課題を把握することだ。
ただ、おそらく赤点なので、全方位的な問題だと思う。
すべて駄目だ、ということだ。

課題はずっとわかっている。
英語にかける時間が短すぎるのだ。
量が圧倒的に足りない。
英語は量をかけて、地道に伸ばしていかないといけない科目だ。
「垂直科目」という言葉があった。
そこをつい、勉強すれば点数がとれてしまう社会(こちらは「水平科目」)などに流されているのだろうと想像できる。
イメージとしては、勉強の50パーセント以上を英語にあてるべきだ。

まずは予習をさせよう。
次の日のセクションを読ませる。
英文の意味を話せるか?
わからない単語は辞書をひかせる。
単語帳に書く。
単語帳は通学電車で読む。
予習して授業を受けると、インプットの質が変わってくるはずだ。

そして、教科書を1年生からやり直そう。
フリクションボールを与えて、どんどん教科書に書き込みをさせようと思う。
教科書にフリクションで書き込む方法の利点は、いざとなったら消せるだけではなく、自分が勉強した結果が、たくさんの書き込みがされた教科書という「作品」になって「見える化」されることだ。
それは、やる気やモチベーションに接続するのではないか。
また、フリクションはインクが無くなるのも早いので、無くなったリフィルを保管しておけば、その本数も自分が勉強をやった量として見える。

とりあえずこの辺りかな。
というか、現役をとっくに引退した自分でも、ちょっと考えるだけで、これくらいのことは思いつく。
やはりそれを自分でできるようになってもらいたいのだ。
現代、インターネットもあれば、無料で英語を勉強できる。
本人がその気になれば、いくらでもできる幸福な時代なのだ。
できないのは、本人がやらないだけ、という厳しい現実がつきつけられている。