ふと将棋の感想戦は歴史を学ぶことと同じだと思った。
『サピエンス全史(下)』より↓
歴史を研究するのは、未来を知るためではなく、視野を拡げ、現在の私たちの状況は自然なものでも必然的なものでもなく、したがって私たちの前には、想像しているよりもずっと多くの可能性があることを理解するためなのだ。p48
これを将棋の感想戦に置き換えてみるとよくわかる。
感想戦をするのは、未来を知るためではなく、視野を拡げ、この勝負の結果は自然なものでも必然的なものでもなく、したがって私たちの前には、想像しているよりもずっと多くの可能性があることを理解するためなのだ。
将棋の次の一手が持つ選択肢の幅は広い。
実現されなかった可能性があるのだ。
それは自分の人生でもある。
その可能性を考えると、震える。
自分はよく寝付けない夜に布団の中で自分の可能世界について考える。
あの時こうしたらあり得たかもしれない世界のことだ。
それは世界を拡げることに接続する。
自由の翼で飛び立つ。
決して今の自分を否定するわけではない。
むしろ可能世界を想像することで、今の自分の状況をニーチェの運命愛で肯定するのだ。
将棋の感想戦も、大げさに言えば、そういうことなのではないのか。
感想戦をしたところで勝負の結果は変わらない。
それでも棋士たちは、将棋の世界を拡げるために感想戦をするのだ。
ちょっと妄想してみた。
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