ポール・タフ『私たちは子どもに何ができるのか』を読んだよ 〜くり返しちょっとした子育て実験を行うこと

ポール・タフ『私たちは子どもに何ができるのか』を読んだ。
Kindle 月替わりセールで安かった。その場合、積極的に買って読む。
日本人が書いたビジネス書は吟味するが、外国語で書かれて翻訳された専門書であれば、ある程度信頼できる。翻訳する、という判断が入っているからだ。価値が無ければ翻訳されまい。

「日本語版まえがき」を駒崎弘樹さんが書いているのもポイント。

非認知能力に注目している。最近の流行りで言えば、グリットとかレジリエンスとか。粘り強さや自発性など。そういった能力が子どもにあれば、親は心配しなくていい。自分も欲しい能力だ。
自分が本書から学んだのは、こうした非認知能力は直接的に子どもに教えることはできない、ということである。グリットを身につけなさいとか、レジリエンスを意識しなさい、と言われても、それらは身につかない。国語や数学といった教科を教えるのとは訳が違う。自らの学習、学修で身につける能力ということだ。
それはなるほどと思った。
じゃあ、親として何ができるか、というと、環境を作ることだ。
たとえば、長男を地元の公立中学ではなく、受験させて特色ある中学校に進学させたような。

あと、自分個人として意識すべきは、怒り方かな。乖離的な怒りはよくないと思う。怒鳴っても、本人に何も伝わらない。それよりは、悲しみといった感情をフラットに伝えて、後は本人に考えさせた方がいい。この点は、今年2018年、父親として意識していきたい。
シン・ゴジラ』で「まず、お前が落ち着け」と的確に言って水を渡した松尾諭さん演じる政治家を思い出した。ああいう態度が父親として必要だ。
本書でも

ほんとうの障害は、親自身がイライラしていたり、睡眠不足や鬱気味の状態にあったりして、泣き叫ぶ子供、汚れたおむつをしてろくに昼寝もしてくれない子供の相手をする気になれないことなのだ。583

とある。まずは親自身のメンタルを整えないといけない。
それでも、新しいことを覚える必要はないという。すでにしていることでポジティブなことに照準を合わせればいいというのはすべての親にとってありがたい。自分以外の誰かを目指す必要はないのだ。

また、仕事においても、仕事に臨む姿勢などは、直接的にコーチングできないスキルだと思う。そこは、自分が姿勢を見せることで部下自身に学んでもらう必要がある。今読んでいる『リーダーシップの旅』では、とりあえず一人で始めること。フォロワーは、その姿勢に勝手に着いてくるという話になっている。

動機づけの問題は、本書だけではない注目点だろう。
ロチェスター大学のエドワード・デシとリチャード・ライアンの「自己決定理論」は色々なところで引用されている重要な研究だ。カードゲームのモチベーション実験は、どこで見たんだろう?
「内発的動機づけ」という現象は、漱石の議論を思い起こさせる。

正月早々、長男を怒ることになってしまった。ゲーム機 3DS を勝手に持っていって、しかも最初は「持っていない」と嘘をついたこと。咳が出るのに、マスクしろといっても、なかなか従わず、見ていないところでこそこそ外すようなごまかしをするところ。嘘とごまかしは、信用を無くすからやめろと強い口調で言った。もう何年も繰り返しているが、まったく成長していない点だ。ゲーム中毒と嘘。
どうしたらいいんだろうか?環境?何それ、役立つの?
上で書いたことが、早速崩れた。うんざりする。
一人の人間として、父親であることを早々に放棄したくなるよね。
まあ、次のステップとして、何かフォローできる点をみつけてやろうとは思う。なかなか難しいけれど。
そういうことがあると、こういった読んで納得できる本も、なかなか現実の子育てにおいては機能しないことがわかる。そのギャップをどうやって埋めるか、だね。「大事なのは温かい、正面から向き合ったやりとり」1148とあった。厳しい指摘でも、そこは意識しとう。

子供たちの人生の軌跡は、大人にとってはたいして重要でもないように見える些細な物事から変わりはじめる。親の声の調子。教師が付箋紙に書くメモ。1740

些細なことから色々試してみようと思う。子育ても一種の「実験」だ。トライ&エラーの中から成果を出していくことだ。

あと本書で出てきた「ディーパー・ラーニング」という言葉は、まだ日本には輸入されていないようだ。AI のディープ・ラーニングではない。そして、アクティブ・ラーニングとどう違うのか。ちょっと頭に入れておこう。

私たちは子どもに何ができるのか――非認知能力を育み、格差に挑む

私たちは子どもに何ができるのか――非認知能力を育み、格差に挑む