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日曜日の午後の過ごし方

https://www.instagram.com/p/BMqtW6uhX7T/
#熊本 に寄付されるということで #一番搾り 久しぶりのビールが美味。熊本にいる爺ちゃんが大腿骨骨折したんですが、さっき無事に手術終わったと。合併症なども無く。良かった。#熊本づくり

ブルーになってきたら、早めにアルコールを飲み始める。飲みながら、トラベラーズノートを開いて来週の仕事ややるべきタスクについて考える。このために、携帯はしなくて空白が多くなってもトラベラーズノートはバーチカルがいい。ここまで書いた時点では手帳はトラベラーズノートだったが、今はもうジブン手帳miniに切り替わっている。これもバーチカルだ。
この飲みながら仕事について考える、というバランスがちょうどいい。月曜日が憂鬱だからといって仕事から目を背けるとかえって辛い。かといって素面で仕事を直視するのは日曜日の午後がもったいない。そこで早めに酔って仕事に向き合うのだ。真田昌幸みたいなものだ。

そして夕食を食べたら、早めに就寝したい。まずは睡眠時間を確保すること。

手持ちの文庫本などを気楽にパラパラと読むのもいい。ちょうど今はブコウスキー『死をポケットに入れて』を手にしている。これを読めば、何でも書いていい気がしてくる。いくらでも書ける気がする。

飲んでいるのは、一番搾りの「熊本づくり」350ml缶、先日、これを飲んだ時、たいへん美味だった。麦芽、ホップに米が原材料に含まれている。何で美味だったかわからない。アルコールは、体調とか気分とか色々と影響する。アルコール5%なので、たぶんほろ酔いで済む。
最近、飲むと眠たくなる。職場の飲み会とか、辛い。街から家まで帰らないといけないからだ。そもそも飲み会では1杯では済まない。数杯飲んだうえで家まで帰るタスクが残る。まあ、タクシーに乗ってしまえば楽。お金を使って地元経済に貢献していると思う。

ブコウスキーは晩年、マッキントッシュで書いていたようだ。書いているというより、叩いている、という感覚か。自分もMacBook Airで叩いた方がどんどん書ける。それでいい。マッキントッシュの前はタイプライターだったようだ。そう言えば、アメリカの作家で手書きとかあるのかな?タイプライターのイメージが強い。タイプライターとパソコンではまた感覚が違うのか?

水曜日にじいちゃんが亡くなった。98歳、白寿の祝いをしたばかりだった。長生きしたと思う。転倒して大腿骨骨折をしたと聞いた時点である程度、心の準備をしていた。そして、木曜日に通夜があり、金曜日に告別式、出棺まで見送って帰宅した。遠隔地なのだ。雨の高速道路の運転はなかなか大変。火葬場での時間の長さを考えると、早めに帰宅して正解だった。
「死をポケットに入れて」、本当にみんないつかは死んでしまうのだ。メメント・モリとか、色んな言葉がある。とりあえずは自分のこと、ジブン手帳にはLIFEというノートがセットされていて、それが遺言ノートになる。それを少しずつ充実させていく。

つまり、仕事を2日休んだことになる。明日の月曜日のメールチェックが今からうんざりする。書類も机に山積みされているだろう。
仕事を休むってことは、その間みんなは働いて、机とメールに仕事をどんどん積まれるってこと。だから、年休消化率も上がらない。休んでいる間は、周りが仕事を、、、ああ、何か今夜の可能性が無くなったら、やる気が失せた。厄年になっても、まだまだ性欲に翻弄される。
不眠も鼻づまりだけじゃなく、性欲とも絡んでくる。漱石は確か7人子どもがいた。

黒伊佐錦のお湯割り、2杯目。2杯飲むともう駄目だ。使い物にならなくなる。そして、後は倒れるように眠るだけ。子どもたちはまだ起きている。昼寝をした次男はなかなか眠らないだろう。『真田丸』も終わった。芋焼酎が美味しくない。これは冬期も350ml缶のアルコールにした方が良さそうだ。焼酎だといくらでも注いで飲んでしまう。そして、美味しくない。もう15年ほど住んで、鹿児島県人に染まってきたが、よくよく考えると芋焼酎って決して美味しくはない気がする。

このまま朝まで目が覚めなければいい。深夜に目が覚めると地獄。そこで心の底を見つめる時間となってしまう。ダークサイドに取り込まれないようにしないとね。そのためには朝までぐっすり眠れるのが一番だ。

じいちゃん思い出って、あまり無い。物心ついた頃には、怖いじいちゃんだった。母方のじいちゃんもそうだったが、あまり会話はしなかったな。
自分が色んな人と会話できるようになったのは、大学に入ってから、吹っ切れてから。それでもじいちゃんがいる親戚の集まりでは、その関係性が子どもの頃に固定されたものに引き戻されてしまうので、なかなかそのモードを変えるのは難しい。先日のお通夜の席では、おばさんに、そんなキャラだとは思わなかった、と驚かれ、余程真面目で無口なイメージが定着していたようだ。従姉妹たちがみんな女性というのも、なかなか大変だった。お盆と正月にじいちゃん家に集まった時は、居場所が無くて、黙々と唐揚げと馬刺しを食べていた。そして、本を読んで一人の世界にダイブしていた。早く自分の家に帰りたかったのだ。しかし、唯一の車の運転免許を持っていた父がお昼の酒で酔っていたので、夜にならないと足が無かった。母が免許を持っていなかったのだ。今は、誰とでも会話できる。成長したというより、元々備わっていた性質だと思う。