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小池龍之介の「こだわらない」思想を実践している堀江貴文

思索

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小池龍之介さんと堀江貴文さんが対談しているのをテレビで見て、引っかかるものがあり、割と長く考えていた。
それは、二人の生き方がまったく違うように見えるのに、妙に話がかみあっていたからだ。
最近、小池さんの『こだわらない練習「それ、どうでもいい」という過ごしかた』*1という本を読み始めてすぐにわかった気がした。
「こだわらない」生き方をすすめる小池さんの思想を、食欲・性欲・睡眠欲は毎日リセットされるから幸せという堀江さんが実践しているからではないかと思った。執着しない生き方と言ってもいい。
堀江さんが仏教的な思想の影響でそうなったとは思わないが、ともあれこだわらない生き方を実践しているように見える。

一方、こだわる生き方で最近気になったのが、将棋ソフトの開発者の伊藤英紀さんだ。


史上最年少で四段昇段を決めた藤井聡太さんに対するツイートを見て、色々な経緯があったにせよ、やっぱり今でもこだわって離れられないんだろうという業の深さを感じた。気になる人は詳細を調べてね。

どちらも「世間」から袋叩きに合う経験をしている。伊藤英紀さん以上に堀江貴文さんの方が客観的にはより酷い目にあっているのだが、どうやらそれらの経験から離れることができているのは堀江貴文さんの方のように見える。
何だか「見える」を乱発しているが、しょうがない。堀江貴文さんの本当の心の中はわからないからだ。というか、ウォーホルに従えば、私たちが堀江さんの内面など憶測する必要は無い、すべては表面にあるのだから。

もしアンディー・ウォーホルのすべてを知りたいのならば、私の絵と映画と私の表面だけを見てくれれば、そこに私はいる。裏側には何もない。

*1:こういう長いタイトルの本は好きじゃない、やたらとカッコを使う傾向も、著者じゃなくて出版社側でつけたのだろうが