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是枝裕和監督『奇跡』〜地域おこしではない素晴らしいローカル映画

ネタバレが重要な映画では無いと思いますが、以下を読まれる時には念のため注意してください。

是枝裕和監督の映画は苦手意識がある。それは、状況がシビアに見えるから。テーマとしては「家庭崩壊」でしょうか。そしてほとんどの映画でシビアな状況は解決しない。そういう先入観があるわけです。
だから、最初テレビで放映されることは知っていましたがあえて見ようとはしませんでした。
チャンネルを合わせたのは妻であり、私は横目で途中から『奇跡』を見ました。
兄と友達二人が金策に走りだす場面あたりからです。

自分は熊本出身で鹿児島在住です。
ゆえに知っている土地や建物や風景が出るとそれだけでテンションが上がります。天文館を酔っ払った大塚寧々がふらふら歩いている。市電を待っている。兄弟が桜島に「行ってきます」という。それだけで自分のこれからの生活が映画化されるわけです。
ちなみに鹿児島中央駅の大きな階段は普通、利用しません。そして、既にあの場所はアミュプラザ鹿児島が増設されるためにスクリーンの中だけにしかありません。
何でもない風景が映画になるとそれだけで美しくなります。そこから実生活にフィードバックされるわけです。自分が映画の登場人物のように振る舞うことが可能になります。
毎日を映画のように生きること、それもまた映画の効用だと思います。
桜島、九州新幹線、あんこが入っていないシンプルなかるかん、などただの地域おこし映画ではないそれぞれのアイテムの必然性も見事な脚本でした。
クライマックスの土地が、川尻、宇土周辺というのも実にいいですね。渋い。ちっとも観光地ではない。二時間サスペンスドラマとは違うのだよ。

私は、親子関係において、子どもは決して自分の意志では選べない親を自らの意志で選びなおす過程が重要だと考えています。その観点で『奇跡』を見ると、新幹線の「奇跡」に至る過程を通して主人公の兄弟は、一般的に合格とはいえない両親を自分たちで選びなおしたように思えます。
状況は変わっていません。しかし、兄弟とその友人たちは確実に一段階「大人」になったわけです。
自分の家庭環境を変える、これは「革命」志向ですね、のではなく、受け入れて主体的に現状を選択するわけです。それは決して妥協ではないでしょう。あるいは妥協であっても、よい妥協。

映画のタイトルにもなっている「奇跡」のあっけなさも素晴らしかった。
新幹線がすれ違うわけだから、あっという間です。
そして「奇跡」までたどり着く過程こそが奇跡だったんだと観た観客はわかります。小学生三人が学校をさぼろうとしている時に協力的な保健の先生。赤の他人を「孫」として受け入れる夫婦。子どもを信じて動かない母親。もう現実にそんな人がいて、Twitterにつぶやけば「世間」が牙をむいて炎上するような人たちが周囲にいてくれる「奇跡」。もちろん、現実においては、保健の先生は児童の仮病につきあう必要はさらさらありません。

ベートーヴェンの第九的なカタルシスではありません。映画を見終わった後に感動というには穏やかな気分がじわじわ湧いてきました。

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