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池本美香『失われる子育ての時間』がおもしろかった〜子育ては負担ではなく権利である

学位論文を基にした勁草書房の堅い本を読了。読みやすかった。おもしろかった。基本的に池本美香さんの論に賛成する。たとえば、

  • 子育ては負担ではなく権利である

という考え方。
また、子育ては資本主義の外にある「市場で評価されない時間」であり、それを補助するような政策が必要である。そのために本書では、ニュージーランドのプレイセンター等外国の魅力的な政策が紹介されている。親は、教育を教育機関に丸投げするのではなく、自分も教育者として参画する。そういうコミットメントが社会の繋がりを強める。すべてが効率的で選択可能な価値観の外部を確保できる。たとえば個人的に思うのは、PTAという組織も一旦白紙にして作りなおした方がいいのかもしれない、ということなど。全体としてそういう感じでした。具体例として、私が思いついたのは、TOKIOの芸能活動。DASH村みたいな。地域通貨の話題にも言及されていました。マイナスの利子とか。
http://instagram.com/p/ltLwwjBWjT/
息子よ、幼稚園はその鍵では開かないのだよ。

日本では、親の教育権の議論が無い、という指摘はなるほどと思いました。「親の教育権」を考えることで子育てが負担じゃないと思えてくる感じがします。また、権利であれば独身者であり、子育てをしないことも当然認められるわけで、子育てする人としない人が無用な対立をすることもありません。子育ては、進学や就職といった選択可能なものではない。そこがスタートという気がします。自分にとっては、恋愛、結婚、出産、子育ては「事件」であり、ライフハックの外部にあるものですね。じゃあ、私がライフハックにこだわるのは、明確に効率化できることを効率化することで、効率化できない領域をはっきりさせるというウィトゲンシュタイン的な試みだということです。
ファミリーマネジメントジャーナルfmjにて次のような記事↓を自分で書いていました。

ファミリーマネジメントの機能は、管理できることを管理することによって管理できないことを明確にすることである。

ファミリーマネジメントの原則はウィトゲンシュタイン的に

池田さんの本を読んで、自分が考えていたことが明確になった感覚です。自分は、アカデミックに本書を読む必要はないので、自由に書いてみました。文系の論文は、色々言われますが、こういう刺激的な論考はデータや具体的な数値の積み重ねではなかなか出てこないところだとは思います。

オルタナティブというキーワード

alternativeというのがキーワードのような気がします。自分にとっては、1990年代の音楽、ニルヴァーナからレディオヘッドみたいな感覚で要するに多様化ですね。カウンターカルチャー。そのため1990年代以降の時代では、ある特定の政策が効果を発揮しにくい時代になっている気がします。それを踏まえて、たとえば厚生労働省は、

  • 予算がかからない多数の小さな政策

という工夫はできないものでしょうか?予算がかからない、ということは財務省の論理に影響されない、ということです。そこは優秀な官僚たちの頭の使いようという気がします。少子化対策そのものを目的とすることは、経済産業省的な価値観であって、厚生労働省がそれに与する必要も無い気がします。たとえば出生率が高い南国の島々などは、政府の少子化対策の結果そうなったわけではなく、池本さんが提唱するような価値観を元々持っている社会だから結果として出生率が高くなっているのだろうと。つまり、少子化の改善は目的ではなく、結果なんですよね。政府、政策、官僚ができることは限定されている気がします。かといって何もしないでいいわけではないので、そこで、「予算がかからない多数の小さな政策」というアイデアになっています(これは池本さんの本ではなく、アキヅキの考えです)。

脱線して違和感の表明

リッツァの「マクドナルド化」という概念がよく使われましたが、ここは私は違和感を感じます。特定の企業名を便利に使うのはちょっとどうだろうか。マクドナルドがそんなに悪いのか?と思ってしまいます。リッツァ自体に当ってみないと何とも言えないのでしょうが、丁寧な議論がとんでわかりやすい概念が一人歩きして、マクドナルド=悪の親玉みたいになるのは、よくない気がします。脱人間化は大いに結構。戦争もホロコーストも原爆投下による民間人虐殺もやったのは人間であり、それを脱人間化のようにまるで人間じゃない存在がやったことのようにして、人間である自分たちは大丈夫だと思い込みたいのでは?しかし、違和感はこの程度であり、本書の本筋ではないので問題はありませんでした。

失われる子育ての時間―少子化社会脱出への道

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