新しい人〜悩みが無くなる人間観

悩みが無い人生がいい。
そういうわけなので、自分の人間観をアップデートしてみた。
冗談と思って読んでください。

機械としての私

まず、選択された習慣による情報のインプットがある。それはTwitter、テレビ、新聞、読書などなど。
次にインプットされた情報から自動的に直感で導き出されたアウトプット=行動がある。習慣化され、自動的で直感なので悩みは無し。
その行動による結果。結果をふまえた修正がある。ここでも全て自動化されているので悩まない。どのような結果になろうと自動化の結果なのでそういうもの。
以上のルーチンの反復が私の人生。
要するに自己の機械化と言えよう。
心は別なものに使うことにしている。ここが生きる意味になるか。機械としての私がハッピー。
決断する日時は決めてGoogleカレンダーにでも入れておく。アラートが来たら決める。その時までは情報をインプットする。悩むところは無い。

感情を否定しない

私が機械化されていても、感情を否定しない。
行動の結果は自動で感情にインプットされる。俗に「傷ついた」という感情もインプットの一つ。感情も次の行動に活きる。
感情をもった機械。

アンディ・ウォーホル

これらの人間観の源泉は、アンディ・ウォーホル。大きな影響を受けている。全ては表面にある。内面は無い。ウォーホルは、私は機械になりたい、と言っていた。ウォーホルがOSとでも言えばいいか。

習慣をうまく作る

ポイントは、習慣をうまく作ること。インプットにTwitter、テレビ、新聞、読書などの割合、配置など。日常生活の習慣もまた機械の部品となる。
ドラマや小説で作られた近代的人間観をアンインストールすることも大事。
モレスキンに言葉を書き連ねることはコードを書くようなものか。
比喩は多用しない方がよさそうだ。
近代的人間観を批判したくなるけど、そんな無駄なことに時間は費やさない。アンインストールすればいいだけ。小説だと福永信『アクロバット前夜』は、参考になるかも。これを読書することも一つのプログラムをインストールすることになる。

アクロバット前夜

アクロバット前夜