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僕は日記をつけている

僕は長年日記をつけています。
いつから始めたか覚えていません。
高校生の時から始めたと思っています。
毎日のように書くようになったのは、浪人してからだと思います。
最初の年は自宅浪人をしたので、時間はたくさんありました。
100頁大学ノートを主に使って書いてきました。
何冊あるのかわかりません。
古いやつは実家に置いてきました。
もしかしたら処分されているかもしれませんが、それはそれで構いません。
今読むと恥ずかしいことを書いていたりしますが、私の死後に他人がそれを読むことは気になりません。
誰でも考えていることはそんなもんだろう、と思っているからだと思います。
書く時に、やや読者を意識して書いています。
それは「日記」じゃないのかもしれません。
私の心の底にある思いは、私の人生と共に消え去ればいいと思っているので、書きません。
「王様の耳はロバの耳」じゃありませんが、言葉にすれば必ず誰かに伝わるものです。
伝えたくないものは言葉にしないことです。
秘密にしたいことには鍵をかけ、なおかつ鍵をかけたことを人に知らせないことです。
そう言ったのは、ウィトゲンシュタインだったかな。

5年に渡ったノートを書き終えた。

先日、5年に渡って書きつづった日記ノートがようやく終わりました。
結婚以来、書くことが減っているからなかなか進みませんでした。
また、ブログに書いたり、書く手段も増え、ノートに書く機会が減ってもいました。
書き始めの日付は、2004年10月9日、、、Kくんが生まれる前日の日付です。
しかし、その日は確か私も妻の実家にいたので、おそらく後から書いたものだと思います。
それから5年、色々変わり、色々そのままです。
Kくんは5歳です。
Nちゃんが生まれました。
木造平屋一軒家からマンション6階へ引っ越しました。
車がトヨタ・デュットからホンダ・フリードに変わりました。
色々変化して、色々変化していません。

日記を書くポイント

描写が大事です。自分の気持ちばかり書いていると後から読んでつまらないものになってしまいます。
天気、彼女の服装、髪型、どんなお店に行ったのか、どこで告白したのか、座っていたのか、立っていたのか、店内で流れていたBGM、、、そういったディテールを書き込んでおくと後から読んで、本当におもしろいものです。
そのときの感情は、そのディテールにつられてよみがえってきます。わざわざ感情を書く必要はないと思います。
感情は書いてしまうと不必要に自分の内部に定着する恐れがあると僕は思っています。
心理学的にどうか知りません。
たとえば、誰かをちょっといいな、と思った時に、日記に「好き」という言葉を書いてしまうとその言葉が書いた自分の内部で自己増殖して大きなものになってしまいます。